No.125  大阪府大阪市北区天満宮の「一富士食堂」の肉吸いとだし巻玉子は、二度甲子園の夢が打ち砕かれた男を癒してくれるほど、ほんまに舌にも心にも優しいお味でした。

 8月15日(終戦の日-敗戦の日だろ)に甲子園に行き、正午の戦没者の慰霊と平和を祈念して行われる1分間の黙祷に参加するというのが、死ぬ前のジジイの小さな夢であったのだが、何と本日のその思いが叶えられることになったのである。これも8月に2週間ほど神戸(舞子、No.123)に滞在できることになったればこその実現なのである。その日(2025年8月15日)は朝早く舞子を出発、阪神甲子園駅に向かう。甲子園は2度目なのだが、一度目は知り合いの家に訪れただけで、甲子園は外から眺めるだけで終わる。そして今回やっと内覧できると思うと、今や野球など何も興味がない私でもなぜか興奮するのであった。まあ小学校の時は野球少年で、将来は甲子園の土を踏み、プロ野球選手になるのだと夢を見ていたのだから、その時の気持ちが少し蘇ってきたのかもしれない。

 さて、甲子園駅出ると、さすが夏の最大のイベント会場、駅前は賑やかで、どことなく気が漲っている。あのツタの絡まる?甲子園球場がすぐ目の前に現れ、朝から始まっている第1試合が、まだ終わらず、歓声やブラスバンドの音(ね)が外にも届いてくる。正午の黙祷は第2試合が始まる前なので、第2試合(西日本短大付属<福岡>vs聖隷クリストファー<静岡>)の外野席(レフトスタンド)のチケットを数日前にゲットして準備万端の球場入りなのである。しかし、暑い、今年は異様に暑いが、それにも増して選手や応援団が吐き出すエネルギーがプラスされ、まさに熱闘甲子園なのである。第1試合が終わり、観客の入れ替えを待ちレフトスタンドに入場。経験がある人は分かると思うが一瞬大空が広がると同時にスタンドとフィールドが現れる時の得も言われぬ感動が押し寄せてくる。それに加えて、甲子園は特別の球場なため尚一層気持ちが昂るのである。とうとう来たかと何とも年寄りの胸も躍る。しかし、躍っていたのも、つかの間、何と驚いたことに、昔(55年前の南千住の東京スタジアムだが―例えが?)、外野席は全自由席だったように思うが今は全指定なのである。これがそもそも間違いのはじまり、席を探すのが、これが難儀なのである。最初の座った席が番号違い、席を移動しようと思うのだが通路が狭く、それこそ脱出するのにも至難の業。汗だくになりながら、またまた自分の席を探し、その上、座席が小さく、前後の幅が狭いこと狭いこと、座席番号など隣人が座っていると隠れて見えやしないのである。コリャ駄目ダ状態で何とか席を確保したのだが、足を少し伸ばそうとしたら突然膝がツッテしまう。人がいるので大声も出せず、そのまま痛いのを我慢したのだが、体が固まったまま頭がクラクラしてくる。もうすぐ、念願の黙祷が始まるのに、果たして無事立つことが出来るのか、心配になるが時計の針は無情にも12時を指そうとしていた。

 観客は皆起立。私も足を庇いながら、体を曲げ、立ち上がる。サイレンが球場に鳴り響く。黙祷のアナウンスで球場が静まり返り、私も痛い足を我慢しながら顔を顰める。ただ痛いだけで祈念の気持ちが入らない。早く終わってくれと祈るばかり、この時の1分間ほど長い1分間は人生の中でなかった。炎天下と体のダメージですでにヘトヘト、早くここから退散するぞ、とスタンドを出たのは言うまでもない。球場出口までの間に甲子園名物、勝ち割り氷を発見(こちらも念願)。これぞ甲子園のソウルフード?(これ食い物でっか)と、まだ収まりきっていない膝に勝ち割りを当て、ストローで水を啜り、喉を潤したのであった。さすがこれは六甲の水?新鮮なような…。そして、また揺り戻しがないように祈りながら駅に向かったのであった。甲子園球場滞在時間30分ほど。ヤレヤレである。こんなに長い間の夢が現実化した途端に、一体何だか夢がと打ち砕かれたような気持ちになる。もう一生甲子園には来ないだろうなと、電車に乗り、次の目的地向かうトホホのジジイがいたのであった。

 さてと、次の目的は天満にある定食屋で遅い昼飯をとること。天満にある定食屋と聞いたら、大阪人なら、すぐ察しが付くだろう、そう、今や大阪一有名な定食屋「一富士食堂」へ向かったのであった。本日は大阪で仕事に来ている会社社長の最中(モナカ)と一緒に伺うことになり天満宮駅で待ち合わせる。いつもなら必ず5~10分は遅れる奴が何故か、私より先に付いている。さすがに見知らぬ土地なので緊張しているのだなと、見透かされてしまっているモナカが笑いながら私に手を振っている。

 天満橋筋の商店街についてはNo74、No.75で紹介したので、詳細は省くが、長さも、密度の濃さも日本一の商店街であること確かである。何をトチ狂ったのか、東京の三ノ輪から浅草(国際通り)、蔵前まで国道462号線を商店街にして日本一にしようというプロジェクトを立ち上げた輩たちがいるが、幅50メートルの商店街などありえないだろうと(せいぜい長くて10メートルだろ)、首を傾げざるをえなかったが、そもそも何をやっても天満橋筋の商店街には勝ち目はないと思うのだが、彼らの心意気は買うが馬鹿ですね。目的の場所は天筋の商店街からは外れていて、ジジイの足で10分ぐらいの場所。こちらは亀歩きで向かう。モナカは人のことなど気にせず、サッサッと歩く。まあこういう人間だから、私と違い社会で成功しているのかと余計なことを考える。さっきの喧騒とは打って変わって余りに人通りのないビジネス街へ。徐々に商店などなくなり、こんなところに定食屋が、という場所に。不安になっていると国道に差し掛かるところで、モナカが手をあげこちらに合図している、見つけた様である。国道を右手の方向に「一富士食堂」という看板が見える。よくみると20人ぐらいの列ができている。そして、モナカはもうすでに列の尻尾に立っていた。見た目は何の変哲もない街の定食屋。ディスプレイも、よくある定食屋の、もう何年も変わらずに、ここにじっとあるのだろうという代物。だが、ここは今や大阪が誇る超人気のTHE定食屋なのである。モナカと大阪について話をしながら待つこと30分、やっとこの入店。4人掛け5卓、6人掛け2卓だけのこじんまりした店。厨房に近い4人掛けのテーブルに中年のカップルと相席。テキパキと働く男1女2の従業員。見上げると先ほどいた甲子園の高校野球がTVで映し出されている。TVとほんまもんとは随分雰囲気が違うなと思いながら、まずは瓶ビールを注文。ここは、当然、初発は様々あるメニューから肉吸いとだし巻玉子を注文しなければだめなのである。何せ名物なのだから(ただ、店は名物などと謳ってない、当たり前である)。一人客の場合は肉吸い定食に単品のだし巻を注文する人が多いらしいが、我々は二人なので、肉吸い定食とだし巻玉子をそれぞれ注文。シェアしていただくことに相成った。ビールを飲みながら、しばし店内を観察。ほとんどの客が肉吸いか、だし巻である。たまに肉吸いうどんの注文はあるが、やはりどう見ても通いなれた常連さんの風情。

 しかし、どんなものがお出ましなるのか、先ほどの膝の痛みも忘れ待つこと10分、へーとまず品を眺める。肉吸いは、東国の人は馴染みが少ないとおもうが、肉うどんのうどん抜きである(お客<芸人>がうどん抜いてよ、ではじまったらしい―難波千とせ)。東京でいえば天抜きである(天ぷらそばのそばぬきー老舗そば屋しかこのメニューがないので、知らない人もいるかと思うが…。)。かつて「なか卯」の朝定食で肉吸い定食なるものがあって、よく食べていたが、私以外ほとんど食べていなかった。案の定、メニューから消滅してしまったが、ぜひとも復活してほしいものである。また、家系六角家にもラーメン抜きというのがある(イイのである)。食に典型的に表れるが、ほんとうに東国の人間は保守的で、冒険をせず、自ら新しいものに挑戦しないのである。衆知されはじめて、しょうがなく手を出す人が多いのである。まあ、騙す人間がウヨウヨいるので、警戒心が強くなるのだろうか…(新しいものが定着するのにかなり時間がかかるのである。故に定着せずに消えなくなった地方ソウルフードはかなりある<例えばそばめし、かすうどん、ソーキそば、富山ブラックラーメン他>-それはそれでいいことなのかもしれないが)。

 話がそれてしまったが、肉吸いをまず啜る。おっーかなりの出しの効き具合。当然だが「なか卯」のとは別物。塩味があまり好きでない私でも、かなりのパンチが感じられる。これは飯が進むのである。次に半分、モナカからご相伴にあずかり、だし巻玉子を口に入れる。ふあふあの玉子焼きに出汁がかなり効いている、というか出汁を食べているという感覚。この玉子焼きは関東にはない一品である。関東だと、もっと味が尖ったものになるのではないか。そして、決してこんなにも柔らかいものは出てこないだろう…。とにかく陳腐だが、優しいと表現したらよいのかと思う。大阪庶民の食の典型を食べさせられているような、そんな気になるのである。良く関東は味が「濃く」関西「薄い」と言われ、何だか納得させられたようになるが、ここの肉吸いとだし巻を食べると、そんな括りでは表現できない何かがある。何故に関西で食事をすると、食とは何かを考えざるをえなくなってくるのである。今度は、別のメニューも食べたいものだと思うのだが、さて30分も並ばなければ入店できないとなると、悲しいかな余生の短いオジサン、うーんと唸らざるをえない。
 甲子園の夢が2度粉砕されたが、肉吸いとだし巻玉子を食べたら、もうどうでもよくなったのである。ありがとう「一富士食堂」さん。死ぬまで巡るぞソウルフードという気持ちがまた新たに漲りだしたのであった。

店名 一富士食堂(いちふじしょくどう)
ジャンル 食堂、うどん、親子丼

お問い合わせ      
06-6351-1259
予約不可

住所      
大阪府大阪市北区天満2-13-16
交通手段             
JR大阪天満宮駅より徒歩6分
地下鉄南森町駅より徒歩7分
京阪天満橋駅より徒歩10分
地下鉄天満橋駅より徒歩11分
大阪天満宮駅から490m

営業時間             
月・火・木・金・土
11:00 – 14:30
水・日・祝日
定休日

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