No.43 東京都葛飾区東金町の「せきぐち東金町店」の元祖カレーラーメンのどろどろ、プラス5辛増し、トッピング辛ねぎ。

 金町駅は柴又帝釈天へ参詣する時に通過する駅という印象しかなかったが、降りてみると中々どうして活気がある場所で驚いたのである。千代田線で大手町まで20分という都会へのアクセスの良さ、場末的なイメージさへ気にしなければ住みやすい町なのだろう。人が多いのは当たり前かと本日の目的場所、「元祖カレーラーメン」を売りにする地元住民で賑わっていると聞いた「せきぐち東金町店」に向かったのである。
 駅から15分で住宅地にあるという情報と、私の足だと30分は掛かるわなと言うあきらめが、ゆっくりと町の風景を眺めながら歩くことを促すのだが、いきなり、買い物帰りなのかビニール袋をぶら下げたオジサンの声「どこ行くの?」に驚き、「東金(とうがね?)3丁目にあるせきぐちってラーメン屋なのですが」と返答。
 オジサン一瞬ひるんだかと思うと、「ああーせきぐちね、俺についてきな帰り道だから」と、そのままオジサンの後をトボトボと…。おーさすが下町、吉田類※1のように「人情、人情」と大安売りするところだが、そこは私もれっきとした下町人、お金あっての「人情」なのだと知り過ぎてしまい、心はどろどろ、少し警戒感をいだきながらもついて行く。それから5分ほど歩くと、オジサンが路地を覗き「ほら、あすこに看板あるだろ。あすこだよ」と指をさし、私がお礼を言うと「それじゃね」とスタスタと歩いていく。何とまあこの世知辛い世の中にまだまだ親切な人がいるものだと、この日本も捨てたものではないなと久しぶりにどろどろの心も洗われた気分になったのである。
 12時10分と、まさに時分時に入店。たまたまカウンター席が空いていて座ることができた。すでに、店内加齢臭ならぬカレー臭で充満している。匂いというものは恐ろしいもので、すぐに浅草の「翁そば」※2の記憶が甦ってくる(カレー南蛮蕎麦が有名で、私の一押しの店)。同じ匂いである。店内はカウンター7席、4人掛け卓子が一つに2人掛け卓子が一つとコジンマリしている。もう古希は越えただろうと思われる旦那さんが料理を、奥さんが接客と仲良く切り盛りしている。二人を見ていると、学生時代の江古田の「愛情ラーメン」※3(閉店)の記憶が甦ってくる。こちらはいつも喧嘩をしていた。というより旦那さんが奥さんを怒鳴っていることが多く、また奥さん線が細いながらブツブツ文句を言っていたような気がする。対称的な差異が記憶を呼び覚ましたのだろうか。でも何だか似ているのである。まずはビールと餃子を注文。メニューを見ると、普通のカレーラーメン(800円)、カレータンメン(900円)、カレー濃いめ(50円増し)、カレーどろどろ(50円増し)辛口2~10、50円増し、辛口10以上、100円増し、と表示。迷いに迷ったあげく、カレーラーメンどろどろと5辛増し、トッピングに辛ねぎを加え注文。しばし餃子(ビールのツマミが出せなかったので一つ餃子をサービスしてくれましたーうれぴー。これも人情)を食べながら、旦那さんの作業を観察。カレーラーメンの作り方はいたってシンプル。出汁スープを鍋に、調味料を入れてから、業務用のカレーを投入。何だか直観型の料理人らしく過程は雑にみえるが、匙加減は身体で覚えているのだろう、最後はピシッとラーメンどんぶりに注文された品が納まっていく。どろどろの方は何を入れているのか分からなかったが(片栗かもしれない)、辛さは、私たちが親しんでいるS&Bの赤缶をどっさり投入していたが、赤缶のカレー粉を増しても辛くならないのを知っている私は、他に何か香辛料があるのかと観察したが分からず待つこと20分、お目当ての「カレーラーメンどろどろ5辛、辛ねぎトッピング」が現れる。
 ひぇー見た目だけでも、聞きしに勝るどろどろ感。ラーメンをすするというより、カレーを絡めて食べる汁なしカレー混ぜそばと形容したほうがよいかもしれない。まずは服に飛ばないように、どろどろからラーメンを引き出す作業が必要。ラーメンを口に入れると、カレーの味はどこにでもある味で、隠し味に何か違った香辛料を使用しているようでもない。ただ昔から私たちが親しんでいる日本のカレーの味(やっぱり業務用S&Bかも)である。辛さは案の定5辛でも全然辛くはなく、きっと3辛までは違いがあるのだろうが、それ以上になるとそんなに違わない代物かもしれない。しかし、このどろどろ感は一度食べてみる価値はあるかもしれない。ひょっとすると、これを餡かけと称するなら日本一のどろどろの餡と言っても間違いないかもしれない。そして、食べながらひっきりなしにお客さんが入店してくるのだが(出るころは行列ができていた)、どろどろを注文している人はほとんどいない。そうか私のように遠くから来る一見さんは興味本位でどろどろを頼むが、地元のリピーターは普通のカレーラーメンを食べるのだなと納得。普通のカレーラーメンは、見ため飽きがこない何でもない感を漂わせていたので、その分愛され続けているのだろうと考えられる。こういう店で尖った拘りのカレーラーメンが出てきたら野暮だろう。
 「いつものね」と注文する人も多かったので、この店本当に地元に愛されているのだな、ということが実感されたのである。ここの地元の子は、駄菓子屋へ行く感覚で、このカレーラーメンを食べているのだなと想像される。そして成人して、この味を懐かしむ(やっぱりカレーラーメンはせきぐちだぜと)。こういう存在のソウルフードがあることが、町にとってどんな幸福なことか私たちは無くなってしまってから気づくのである、江古田の「愛情ラーメン」のように。店を出て来年(2022年)1月からはじまる美術雑誌連載取材先、柴又帝釈天へ歩いて向かったのだが、途中電信柱の住居表記を見て「東金町(とうがねまち)」ではなく「ひがしかなまち」なのだと判明。あの時オジサンが何でひるんだのか分かったのである。オジサン、私を相当遠くから来たのだろうと気をつかって、あんな親切にしてくれたのかもしれない。いやそんな遠くでもないのである。でも、まずこの漢字「東金町」見たら、普通は「とうがね」って読むよね。でもオジサンありがとうございました。これこそ下町の人情である(アレ、類さんと変わらんな)。

※1吉田類(よしだ るい、1949年6月1日~ )
日本のライター。「酒場詩人」の肩書で紹介されることが多く、居酒屋探訪家としての活動で知られる。BSTBSの番組「酒場放浪記」では、各地の酒場を訪問しているのだが、最後のコメントが「下町と人情」という言葉の一点張りで、酒場レポートは誰でも出来るのだと、大衆に勇気を与えたと評されている(皮肉)。

※2「翁そば」
浅草の大衆蕎麦屋。六区の路地に店を構える老舗お蕎麦屋さん。その安さと(かけ450円)味の良さで昼時は常に行列。特にカレー南蛮蕎麦うどん(650円)は絶品で、このカレー南蛮を食べに各地から人が訪れている。

※3「愛情ラーメン」
かつて(1995年ぐらいまで)東京都練馬区の江古田駅近くにあった伝説のラーメン屋。まずその安さラーメン(160円)、焼きそば(190円)、チャーハン(190円)に驚き、味もそんじょそこらの町中華に匹敵、いやそれ以上のクオリティーを誇っていた。実はオジサンがそこへ通った1980年代と現在ではデフレのためそれほど物価は変わっていないのである。現在160円でラーメンを出している店があるだろうか。そう考えると、この店の凄さが分かるのである。尚オジサン、この「焼きそば」より旨い「焼きそば」にまだ出会ってないのである。
※近々がこの連載の新しいシリーズ「学生街のソウルフード」で紹介する予定。

せきぐちラーメン東金町店
住所:東京都葛飾区東金町6丁目13−11
電話:03-3607-2539
営業時間:
火曜~日曜
11時30分~14時30分
17時15分~19時30分
定休日:月曜