魅惑の商店街・天神橋筋商店街を出て、この2泊3日の大阪上陸で、ぜひ行きたい場所があったのでそちらに向かう。それは中央区高津の浪速・高津宮(こうづぐう)で、落語ファンなら必ず訪れたほうがよいスポットである。かつて落語と高津宮の関係を調べ、原稿を書いたことがあり、それ以来、一度は訪れなければと心密かに抱き続けていたのである。その機会が今回の上陸で叶うことになった。地下千日前線「谷町九丁目」駅下車、 少し道に迷い、宮の裏側の仁徳公園側から坂道をのぼる。宮は小高い丘の上にあり、この宮の上から見る景色が江戸時代十返舎一九の『東海道中膝栗毛』の中で「住吉沖に淡路島、兵庫の岬須磨明石、大船の船頭が飯何杯食べた、何食うたも、いっきにわかる」と書かれているほど風光明媚な絶景だったらしい。この宮は、浪速の地を皇都(高津宮)と定め、大坂隆昌の基を築かれた仁徳天皇を祀る神社で、その起源はその御仁政を慕った清和天皇が貞観八年(866年)勅命によって旧都の遺跡を探索して、社地を定め社殿を築いてお祭りした時としている。以後世々皇室を始め時の幕府等の度々の御造営寄進を重ねて浪速津の守護神と仰がれている由緒正しき神社で、それ以降大阪庶民に親しまれ続けている。そして、今では音楽、落語などの芸能イベントが盛ん開催され、常に賑わっている神社なのである。また、何と言ってもこの神社を有名にしたのが、『高津の富(宿屋の富)』『崇徳院』『高倉狐』『いもりの黒焼き』『親子茶屋』『延陽伯』『稲荷俥』などの多く落語の舞台になっていること。いや落語が神社を有名にしたのではなく、庶民に親しまれている神社だから落語の舞台になったのである。私のこの神社参詣の目的も、この落語の舞台を一度拝みたいものだと思ったからである。
丘の石段を登り、裏手から周り本殿正面へ。まずは拝殿にて二礼二拍手一礼。『高津の富』の富籤箱があったのが正面、この賽銭箱のあった辺り。この話は江戸で『富久』に変わり、両話とも人気落語ネタとして現在でも健在である。そして、右手には鮮やかな朱の鳥居があり、奥には高倉稲荷神社の本殿が、そう、ここはあの『高倉狐』の舞台。友人が狐に化かされた仕返しに狐を化かすというお話。ふと前を見ると30台の妖艶な女性が参拝している。ひょっとすると狐かもと、思いたくなるのはご愛敬。恋煩いで寝込んでしまう若旦那がお嬢さんに渡された「瀬をはやみ岩にせかるる龍田川」の歌の短冊の上の句をヒントに仲のいい熊さんが大坂中お嬢さんを探し回る名作『崇徳院』の絵馬堂がある。二人の出会いの茶店はもうないのかと見渡してみると、何とあるではないか喫茶室(富亭カフェ)が…。早速入店。アイスコーヒー(500円)と抹茶ラテ(500円)注文。しばし休憩しながら、名作落語『崇徳院』を反芻する。江戸・東京落語も多くの神社仏閣が舞台になっているが、ここまで一つの神社が多くの落語の舞台にはなっていないのではないだろうか。
さて、喫茶室を出て、山を下り、正面鳥居へ下って行く、五代目桂文枝師匠*を偲んで平成18年(2006年)に建てられた記念碑を拝見し、小さな桜橋を渡り、鳥居を出て拝礼し、この旅最後の地、梅田に向かおうとすると、おっと、鳥居の前にタクシー、まさか俥屋の梅吉が客待ちをと、想像するのもまた楽しである。
大阪上陸の旅も、後5時間ほどで終わる。最後は大阪の現在の玄関口、梅田と新大阪をぶらぶらとして、東京に戻ることに。梅田でも何か大阪のソウルフードをと思ったが、新大阪にお目当ての居酒屋があるので、夕食はそこにして、梅田は現状観察にとどめる。
数十年振りの大阪、梅田の変貌には驚いてしまった。高層ビルが聳え、まだまだ(万博までか?)再開発が進んでいくらしい。あの頃駅を降りた時は、東京や他の地方都市とは違う雰囲気を醸しだしていたが、今は梅田の駅前は何ら東京と変わらなくなっている。大阪だけは、中央に対して抵抗するのではと思ったが悲しいものである。しかし、この旅で、私が目にした大阪は、まだまだイメージし続けた大阪の残滓が多く残っていた。新世界のコテコテ感は健在だし、西成の場末感、難波の暑苦しさ、これは東京、いや他の地方都市にはない、浪速の精神を私に見せつけていたのである。食でいえば、絶対数でいえば東京の飲食店が多いのだろうが、密度的には大阪に圧倒されているように思う。これが大阪の食い倒れと言われる所以なのだろう。大阪人のエンゲル係数はと問いたい気持ちになる。それから圧倒的に物価が安い。現在(2023年、取材時2022年)の物価上昇で、大阪の飲食店の現状がどうなっているのかは分からないが、これからも大阪商人のド根性を見せてもらいたいもである。東京の大瓶はほとんど500になったが(中瓶だろ)、大阪はちゃんと633が出るこに驚いたし、様々な千ベロ企画も繰り広げられ、頼もしいものだった。たかが2泊3日の大阪上陸で大阪を語るのも烏滸がましいが、結論的にはソウルフード(たこ焼き、お好み、串揚げ)と呼ばれるものは、レベル的には東京でも食べられるが、その数の多さには圧倒される。その代わり、ラーメン店の数は東京に比べると少ないように感じた。やはりこれだけ炭水化物を食べていると、ラーメンの方には向かわないのかもしれない。この旅で一番感心したのは居酒屋のレベルの高さと値段の安さである。これは全国一かもしれない(これは後程大阪の居酒屋編でご紹介したい)。まあ何だかんだ御託を並べているが、毎年訪れてみたい場所なのは確かである。今回はまだ初心者で見るもの見るもの新鮮で、集中力に欠ける感があったが、今後もっと大阪に通い、ディープソウルフードをご紹介したいと思っている。待っててや、大阪。あれ?今回は何も食を紹介してないでー、その代わり阪急百貨店9F「かんみこより」のスィーツの写真を載せますから、勘弁してや。ほなさいなら。
*五代目桂文枝の碑は、高津宮で一門を率いて「くろもん寄席」を開催し、弟子師匠こぞって高津宮との関わりのある噺を演じ、師匠最後の演目も「高津の富」だった。碑は長年の盟友であった三代目桂春団治師匠の筆で、裏面文は桂三枝(現六代目桂文枝)である。
高津宮
所在地:〒542-0072 大阪府大阪市中央区高津1丁目1−29
17:00まで
電話:06-6762-1122
主祭神:仁徳天皇、応神天皇、仲哀天皇、神功皇后、履中天皇、葦姫皇后
創建:貞観8年(866年)
社格等: 旧府社; 別表神社