15歳の時に足立区が嫌で、嫌で(歩いていると毎日にようにカツアゲに合うような町)脱出して50年だが、その時から、足立区と言っても千住(デルタ地帯)だけは、荒川を越えた他の町(これ埼玉文化圏のような)と比べ民度が高かったような気がする(これは町としての歴史の違いなのだろう)。足立区を東京の下町という人がいるが、千住は堂々下町としての顔持っているが、それ以外の足立は郊外であって、決して下町とは言えないである。
そんな足立区嫌いで、絶対にこの町には戻らないぞと言っていた私も、仕事の関係上動線で北千住に引っかかってしまうため、最近はよく訪れるのだが、その変貌ぶりに驚愕するばかりである。住みたい町のランキングに入ったり(まさか)、大学が二つもあり(電気通信大学、東京藝術大学-失礼だが芸大と足立区では余りにイメージに乖離がありすぎ、え、信じられない状態)、北千住駅の1日の乗降客数が上野駅を越えたと聞いた時はぶったまげたのもである。実は昔の郊外足立人(今でもそうかもしれないが)は外で何かするハレ時は、銀座か上野に向かい、北千住は通過していたのではないかと思う。そのためオジサンも偉そうに足立区に対する含蓄を述べたが、千住の町を知ったのは最近でビギナーなのである。
まー昔から渋い飲み屋(煮込みの大橋、千住揚げの永見、串揚げの天七他)が犇めいていて、呑み助には堪らない場所だと、噂には聞いていたが、40年ぶりに同窓会で訪れた時にはオジサンのための町ではないかと興味深く街を眺めたものである。さて、また枕が長くなったが、本日はその千住の町で120年(明治37<1904>年創業)の長きにわたり営業している大衆蕎麦屋「柏屋」をご紹介したい。ひょっとする文豪森鴎外も千住に住んでいた時に訪れたのではないかと思わせるほどの長さである。ただ、ハッキリ言って何の変哲もない大衆蕎麦屋である。そばもそば粉6割うどん粉4ぐらいで、山形の祖父に言わせるとこれはうどんだとのこと(生前、来京すると、東京の大衆そばに激怒していたー子供ながら、それを見て、それならば食わなければいいのにと内心思ったが、怒りたくて食べている感があり、それはそれで楽しかった)。ただ、私に言わせれば、この何の変哲のなさが良いのである。最近、この変哲のない蕎麦屋が少なくなってきた。それでは、変哲もある蕎麦屋とは何か、脱サラした拘りのありそうな偏屈オヤジが蕎麦を打ち(なぜか作務衣を着ている)、いかにもという店構えで、蕎麦前に創作料理などを出し、それをまたありがたかって、客が通ぶって食べている店。なぜか銀座や神楽坂あたりに多くある(老舗高級蕎麦屋とは違う)。さてこの「柏屋」、15時ぐらいに遅めの昼食に、あんかけうどん(大好物)でも食べようと蕎麦屋を探したのだが千住も大衆蕎麦屋がないなと思いながらも宿場町通りを歩いていて偶然見つけた店。店内に入ると、まさにザ・大衆蕎麦屋、壁に木組みのメニューがズラリと並ぶ。四人掛けテーブルが左右三つあり、奥が厨房で、二階席もあるようだ。さすがに時分時ではないので、客はカップルと中年男性が一人。空いている席にどうぞと言われ、右側の真ん中のテーブルに腰を落ち着ける。注文品は決まっていると思いながらもメニューの頁を捲ると、物凄い品数、そば・うどんのメニューは完璧に揃っている(最近ここまで完璧に揃っている店も少ない)。セットメニューも充実しており、創作そばもバラエティーに富んでいて、地獄、山賊、海賊といた名前の風変りの蕎麦もある。蕎麦前のツマミも充実しており、このように中休みがないのだから、これは昼飲みには絶好の店であることを発見。それならばビールをとお酒のメニューの頁を捲りながら、横の壁を見ると、「ほろ酔セット」(写真参照)なる文字が目に入る。最初の信念がぐらつき、この後何もない暇人には、こちらがいいのではと都合の良い悪魔の囁きが…。おねえさんが注文を聞きに来る。「あん…ほろ酔セット」でという声が、つい口から意志もなく出てしまう。「お酒はどうします」と言われ「大瓶で」と「あさひ、きりん」どちらにと、「あさひ」と応えるオジサンがいたのであった。すぐに目の前にほんまもんの633のあさひ大瓶が(普通は大瓶を語った中瓶が多い<特に東京は>)…。こうなったら諦めて、頑張って飲むかと、頑張らずによいのに、気張ってビールを口へ流し込む。うーん冷え冷えで最高だのーと至福のひと時を向かいつつ、もう一杯口の中へ流し込むと、おつまみの一品目、板わさが目の前に。何と申し訳程度のツマミではなく、この柔らかさは山口ではないだろう、それならば小田原か、それとも紀文か6切の蒲鉾が皿に登場、かなりの量の山菜も乗っかっている。お酒が進む進む。次のツマミ天ぷらも目の前に登場、これもまたまたしっかりと6種あるのはスゴイ(ししとう、かぼちゃ、ナス、えび、いか、あなご)。ビールもなくなり、ここはもう一杯と、蕎麦焼酎雲海のロックを所望(600円)。カップルの客もこの「ほろ酔いセット」で飲んでいる。
一人で飲んでいる男性は焼酎のお茶割で、あったかい蕎麦を啜っている。何だか長閑である。気取りのない、かなり自由度の高いお店である。こういうゆったりとした緩やかなスローな時間が流れる店が少なくなってきているのである。忙しい時は、厨房も店員もしっちゃかめっちゃかだろうが、昭和から何も変わっていないような気がする。「ほろ酔」になったので、天ぷらを蕎麦用に少し残し、もり蕎麦を注文。しばらくするともり蕎麦が運ばれる。先述したように蕎麦は何物でもない、汁(ツユ)も120年の老舗の割にはキレがなく、ユル汁である。でもこれで良いのである。旨い蕎麦を食べにきたのではない。今やこういった蕎麦屋も絶滅危惧種なのだろうが、これからもズーっと続けて欲しいものである。今後オジサン、この店頻繁に利用させていただきますよ、と心に誓い蕎麦湯を汁に注ぎ啜る。これで会計2,700円はかたじけないのである(聞くところによると、やはりこの「ほろ酔セット」は超人気メニューだそうだ)。
きそば 柏屋(かしわや)
ジャンル そば、あなご、かつ丼
予約・お問い合わせ
03-3881-2807
予約可
土日祝祭日は予約不可
住所
東京都足立区千住2-32
北千住駅から、徒歩5分(0.4km)です。北千住駅から249m
営業時間
11:00 ~20:30(LO20:00)
定休日 なし