私が前口上で定義したソウルフードとは、ちと違うのではと思われるかもしれないが、新年(2022年)第1弾ということでお許し願えればと今回は、あの日本の洋食屋の元祖「煉瓦亭」の元祖ポークカツレツを取り上げたい。
今さらこの言わずと知れた店を取り上げてどうするのという読者の声が聞こえてきそうなのを承知の上でご紹介するのは、日本人が日本食を考える上で、また日本文化とは何かを考える時にこのポークカツレツは絶対に外してはいけないと思うからである。また大きく出たねオジサンと言われようが、本日はこの「元祖ポークカツレツ」を思う存分語らせていただく。
その前に、今さらだが銀座「煉瓦亭」の歴史は1895年(明治28年)創業。今の洋食の定番を作ったレストランであり、例えばオムライス、カキフライ、エビフライ、ハヤシライス、カツレツ等々…ほとんどこの店が元祖と言われている(諸説あり)。洋食とライスと共に提供した元祖で、フォークの背にご飯を乗っける日本独自の曲芸技の習慣(マナーとしてこう食べなければという強迫観念を作り出し、田舎へ行くとオッチャンがまだこの曲芸をしているのを見かける、そして子供もそれを真似るのである)ができたのもこの店。カツレツにデミグラスソースではなくウスターソースをかけ、付け合わせのキャベツを考案したのも元祖。このように日本の洋食の歴史を形作ってきたお店なのである(これだけでも凄いでしょ)。とにかく、諸説はあるが日本の洋食のスタイルを作ったのはここなのである。
私とこの店の出会いは、25年前に『池波正太郎の通った味』(馬場啓一著・夏目書房刊)というタイトルの本を企画制作した時が始まりだったように記憶している。
実は池波正太郎先生の通った店は定番老舗が多く、私にも「名物、老舗に旨いものなし」というバイアスが掛かっており(やはり若さの無知蒙昧である)、どの店もそんなに大したことはないな、などとほざいていたのだが(現在はそんなことはなく歳とともに、老舗の良さに気づいているが)、この「煉瓦亭」もそのひとつであり、始めの印象はあまり芳しくなかったのである。それから数十年、もうこの店のことなど忘れていたのだが、ひょんなことから銀座でクリスマスに食事をすることになり予約を取ろうと電話をすると、さすがにどの店も一杯で取れずに困っていた時に、たまたま連絡したのがこの店で、ここもダメかと思いきや、「予約なんか取らなくても大丈夫ですよ」の返事。さすがに、あの「煉瓦亭」も地に落ちたなと私の目利きも当たっていたのだとドヤ顔しながら恐る恐る店を訪れたのである。そして2時間ばかり過ごして店を出た後、私のこの店に対する印象が「この店凄いや」にガラリと一変したのであった。何が凄いのか、まず店に何の気どりもないし窮屈さもないこと、自然なのである。食べ物に関しては後述するが、ドリンクメニューも様々で、普通は老舗のレストランはサワーなど絶対置かないが(置かないのもそれはそれで良いと思うが)、ここにはあるのである。極めつけは醤油(現在は置いてない)、ウスター、芥子が調味料として置いてあることである。調味料などは一流レストランなどには絶対置いてないが(この自由度がないのが高級レストラン)、ここにはあるのである。私などはグラタンを半分ぐらい食べた後、味変に醤油をかけると、これがオツなのもので(邪道だといいたければ言え、そう言う輩はバター、醤油、味の素かけご飯を分からずに死んでゆく不幸な人間と同じだ?)、かけたいのだが醤油が置いてないので残念な思いをしたことがしばしばあった。そしてウスターソース。これがなければ白けてしまうのは東京人も大阪人と一緒なのである。まあとにかく、それからというもの師走は必ず「煉瓦亭」に訪れることに決めたほどこの店のファンになってしまったのである。
そして2021年の暮れも、伺いましたよ「煉瓦亭」。17時半に店に入ると、2階席に通され(何故かいつも2階席、他に1階<ほとんど使われてない>、地下、3階<座敷>)、7割ほどのお客。一番階段に近いテーブル席へ。まず生ビール(700円)を注文し、セロリーサラダ(1,100円)に、冬季限定カキフライ(2,500円)と元祖ポークカツレツ(2,000円)を注文。
セロリーサラダでビールを飲みながら料理を待つこと15分ほどで到着。赤ワインのハーフボトル(1,900円)を追加する。大ぶりのカキフライも旨いが、ここではやはり「元祖ポークカツレツ」である。見た目何のこともないカツレツなので、それだけで大したことないじゃん(私もはじめはそうで、その思い込みが強く、その味さへまともに分からなかったのである)と思うのだが、これが間違いのもと、口に入れると、その絶妙な味加減と肉の厚み、そして極めつけは、どんな油を使用しているのかぜんぜん胃にもたれない軽さで、糖尿病でなければ5枚ぐらいペロリなのではないか感じさせる絶品カツレツだと了解できるのである。カツレツとトンカツは違うものだが※、最近は旨いトンカツ屋も増えてきたが、一度このカツレツの味を知ってしまうと、もう他のトンカツなどどうでも良くなってしまう。
しかし、どのようにしたら、このようなカツレツが揚がるのか、これぞ老舗伝統の味の見本と言ってもよいのではないだろうか、何も奇を衒っていず、自然で嫌味のない、そんじょそこらのカツレツ、トンカツ屋ではマネのできない精緻な洗練された魔法のような一品なのである。
私はこの「元祖ポークカツレツ」に、あるのなら日本食文化勲章を与え、日本国が存在するかぎりこれを永遠に残すべきだと思っている。最後にサワー(700円)とナポリタン(1,500円)を〆で注文し、今年(2021年)もどれも堪能して店を出たが、まだ食していない人は是非とも死ぬ前には一度この「元祖ポークカツレツ」食べてみて下さい。冥土の土産になること請け合いですよ(新年早々不吉でスミマセン)。
※カツレツとトンカツの違い
牛肉や鶏肉などさまざまな種類の肉で作られるのがカツレツ。トンカツは豚肉だけ。肉の厚みや加熱の方法にも違い、カツレツは薄切りの肉を揚げ焼きにして(煉瓦亭は揚げ焼きではない)、トンカツは分厚い肉をたくさんの油で揚げる。
煉瓦亭(レンガテイ)
洋食、オムライス、その他肉料理
お問い合わせ:050-5872-1852
予約可否:予約不可
5名~予約可:5名未満は予約受付てません
住所:東京都中央区銀座3-5-16
交通手段
東京メトロ銀座線銀座駅A10またはB1出口より徒歩3分 和光裏、ガス灯通り。
銀座駅から195m
営業時間
[月~土・祝]
11:15~15:00(L.O.14:30)
16:40~21:00(L.O.20:30)
定休日:日曜