No.60 神奈川県港北区日吉本町「とらひげ」の牛肉ニラ丼は慶大生に食べ続けられている「魂」の一品(大学のソウルフード①)

 早いもので、この連載も60回を迎えるが、今回は以前予告した「大学のソウルフード」という企画の第一弾として慶應義塾大学日吉キャンパスのソウルフードを取り上げてみたい。慶應大学といえば、言わずと知れた早稲田大学と並ぶ「私学の雄」である。私事なのであるが、早稲田大学とはOBやキャンパスともども縁(私のいた出版界は石を投げれば早稲田に当たるという状況)があるが、それに比べると慶應大学とは縁が薄いというのが事実で、イメージ的に一般人が抱いている慶應の枠組み以上のことが語れないと思うが、その辺はご勘弁願いたい。早稲田は野暮ったくて、貧乏それに比べて慶應はオシャレでスマートという、対称的なイメージは何時ごろからできたのか。創設者の福沢諭吉と大隈重信を比較してみると、もう開校の頃から、自ずとこのライバル校のイメージは決まっていたような気もするが、一端焼き付いてしまったイメージの変更がなかなか難しい典型的な例がここにある(やっぱり早稲田の方が学費は断然安いのだろうか)。しかし、早稲田もそれを逆手にとって純朴なピュアなイメージ(五木寛之の『青春の門』がそれを相当手助けした)を売りにして、多くの田舎学生を騙して?きたのだから、やはり頂点というのは何をやるにもやりやすく、いいなと、それより偏差値の下の大学を卒業したオジサンは僻んだりするのである。
 そんなハイソなイメージの慶應だが、その育ちざかりの彼らのお腹を満たしていた、いるものもやはりイメージ通り、早稲田の「三品食堂」の牛丼や「メルシー」のラーメンとは違い、食べているものもオシャレなのか、そこの所を偵察するのもひとつの目的だったのである。
 今回向かったのは、三田校舎(慶應の象徴はこちらかな)ではなく日吉校舎。多くの学生が、こちらをホーム校舎として認識しているらしいからである
 降車駅は当然東横線の日吉駅。実家が横須賀だった時、東横線はよく利用したが、降りるのははじめて、故に当然日吉校舎も。改札を出て右手東口を覗くと、すぐに大学の銀杏並木の道、この駅大学に合わせて作られているのかと見まがうばかりの圧倒感。とにかく駅のすぐ目の前に広大な敷地があり、大学側から見れば入り口に駅があるという感覚である。左手西口は、田園調布と同じ駅を中心に放射線状に町が広がっていく、五島東急のお得意の計画街区方式であり、四つの商店街が並んでいる。この街に足を踏み入れ、こりゃオジサンとは縁遠かったはずである、と納得。馴染めないだろうなと感慨に浸るのである。
 今回の目的先「とらひげ」は、その真ん中の中央通り商店街を歩くこと3分。右手にあった。洋食店というより、チェーンの居酒屋的な店構えで、ちょうど時分時の12時に入店。
 先客はカップルが2組。店内は、喫茶店のようなこじゃれた雰囲気で、入るとすぐにカウンター席があり両脇に四人掛け卓子が多くあり40~50人は入れそうなキャパである。一番奥のテーブルに腰を下ろしメニューを眺める。ステーキや煮込みハンバーグ、生姜焼き等洋食店の定番メニューは一通り揃っている。夜は洋食居酒屋として使用できそうで、酒類、ツマミも豊富である。中年の女性が水を持ち注文を聞きに現れる。連れは盛り合わせフライ定食(1,300円)、オジサンは生ビールと創業当初(1962年)からあるお目当ての日吉慶大生のソウルフードと言われている牛肉ニラ丼(1,000円)を注文。生ビールで喉を潤しながらしばし待つ。10分ほどで料理が到着。まずは、サラダから口に頬張る。フレンチドレッシングもいい塩梅で満足。味噌汁を啜ってから丼にスプーンを運ぶ。まあ、この組み合わせで不味いわけがないが、もう少し学生向けにガッツンとした濃い味かなと思いきや、味付けは優しく、無化調ではと思わせる味。連れの盛り合わせ(ヒレカツ、エビフライ、カニコロッケ)も上品で、女性が喜びそうな無難なもの。学生街にある味ではないのは確かなようだ。さすが慶應、学生時代からこんな大人びたものを食べているのかと、益々自分とは余り関わりがないなと、納得するのである。やはり早稲田の街のあの大雑把な味付けとは違うなと思ったのだが、一軒目での判断は危険である。しかし、この日吉の街も、昔から学生に親しまれていた老舗も閉店してしまい(「喫茶まりも」、パスタレストランの「マリーン」)、残るはこの「とらひげ」ぐらいだという寂しさ。この店の経営母体はビッグフーズという日吉一帯に数店舗の飲食店を展開しているので、閉店ということはないだろうが、この不景気のおり、学生の記憶に残る味を消滅させないよう踏ん張って欲しいものである。最後に隣で日替わりランチを食べていた2人は慶應の新入生らしき学生だったが、話している内容が、ロシア、ウクライナ紛争にはじまり、日本の防衛力の話になり最後は三島由紀夫の割腹事件に及んでいた。さすが慶大生、まだままだ、私学の雄は健在だと逞しい思いと、オジサンも話に参加させてよと近寄っていきそうになってしまった。

とらひげ
ジャンル洋食、ステーキ、カレーライス
予約・お問い合わせ:045-562-0066
住所
神奈川県横浜市港北区日吉本町1-5-41
交通手段
東急東横線日吉駅から徒歩4分
日吉駅から204m
営業時間
ランチ     11:00~15:00(L.O.14:45)
ディナー  17:30~22:00(L.O.21:45)
土曜    11:00~22:30(L.O.22:00)
日曜・祝日 11:00~22:00(L.O.21:30)
日曜営業
定休日:なし
営業時間・定休日は変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください。