No.102 東京都台東区浅草「水口食堂」の自家製ミートソーススパゲティは、私だけのために存在するメニューなのかもしれない(100投稿記念十郎Now大好物③)

 60も過ぎて、棺桶に足を突っ込むような歳になると、何事においても原点回帰するようになるらしいと感じる時がある。食などは特にそうで、昔食べていた味などに出会うと、脳と体が反応を起こすのである。例えば、日本には四川流の山椒が効いた激辛本格麻婆豆腐が、今や麻婆の本流だが、オジサンの小さな頃は、そんな食べ物はなく、麻婆豆腐と言えば、丸美屋の基に絹ごし豆腐を入れて食べるような、お子ちゃま風しかなかったである。そして、大人になってゆくに従って、これはほんまもんの本場麻婆豆腐とは違い、日式なのだということを知るのであった。そうなると酷いもので、今度は町中華などで、この日式麻婆を見ると、蔑んで「こんなのは嘘マナーボだ、よくこんなマズイものが食えるな」と如何にも自分が食通にでもなったような言辞を弄するのであった。
 しかし、最近、我が尊敬する陳健民・健一親子には失礼だが、山椒が効いた木綿豆腐の入った高級麻婆豆腐が旨く感じなくなったのである。逆にたまたま入った町中華で食べたお子ちゃま麻婆がいいねになってしまったのである。これは何たることか、老いは子供になってゆくこととも言われるが、とうとう舌も子供に逆もどりかと悲しい現実を突きつけられた気持ちで、ご飯にお子ちゃま麻婆を載せ頬張るのであった(何の抵抗のない妙味と絹ごしの滑ら感が奇をてらっていなくて親指上げなのである)。

 さて、本日は観音様にご挨拶をして、「小柳」(浅草で一番コスパの良い鰻屋)でウナギでもと茂吉*風に気取ってみようかと、久しぶりお隣さんの浅草に足を向けたのであった。今日も今日とて、まあ浅草は異国人で溢れていて、ひょっとしてこの人たちがいなくなったら、浅草は20年前の黄昏た閑古な浅草と変わらないのではないかなどと、店構えだけオシャレになってゆく浅草の町を彷徨うであった。観音様に形ばかりのご挨拶をして、さて「小柳」へと向かったのであった。嫌な予感はしていたのだが、店の前まで近づくと…。ガビーン休みでやんす。そう言えば、浅草は木曜定休の店が多いのだよなと今更ながら思いだし、それではと困った時の「水口」さんと、鰻からは少し、いや段ちで贅沢感は下がるが、ゆっくりと昼吞みとしけ込むのもこれは、これで贅沢よなと、何だか都合良いねじ込め感は否めないが急いだのであった。こちらは、無事営業しており、店内へ。時分時ではないので問題なく店の真ん中にある一人用の卓席に着座。1階と2階があり1階は真ん中に一人用の卓席10席、それを凹型に囲むように6人、4人、2人席の卓がある。2階に通されたことが1度だけなので、どんなレイアウトになっていたかは記憶にはないが、かなりのキャパがあったので大箱店である。

 「水口食堂」は浅草では一番人気の定食屋さん、居酒屋利用もでき、昼から呑み助たちで賑わっている場所である。オジサンも入りやすさと自由度の高さ(これがあるなしは、食べ物が旨いか不味いかより重要なのである)が好きで、何度もお邪魔しているのである。またここのよいのは大人の店だということである。まー、この店の良さが分かるのは、30過ぎて、だんだん人生に深みがあることを認識しだしてからだと思うが、とにかく若い奴らがいないのが良いのである。それから観光客が少ないこと(だが、最近は増えてきた)。さて、まずは瓶ビールを注文(サッポロ黒ラベル小瓶)。ちゃんと小瓶がある心使いがいいでしょう(一人だと大瓶を飲み切るのがキツイ時がある)。ビールで喉を潤しながら、壁に貼ってある多くのメニューを鑑賞する。実は注文するものは決まっている(偶にぐらっいてしまう時もあるが)。べったら漬けとマグロブツ。べったら漬けは、千枚漬けと並ぶ、オジサンの二大好物漬物。まぐろブツはまぐろの刺身と並ぶ、この店いつものお薦め品。とにかくメニュー数が多いので、そんな中から選択していたら日が暮れてしまうのである(故に一見さんには大変である)。因みにここの人気の一品は、特製いり豚(たまねぎと豚肉をカレー味のソースで炒めたもの)。お客さんの多くが注文している。

 注文してから、ほんの数分で、二品とも目の前に、べったらは小ぶりだが、ここは本べったらである(だいたい偽べったらを出すところが多い)。まぐろブツ、筋はあるが新鮮である。様々なお客さんが、それぞれの形で食事を楽しんでいる。店内に何とも言い難いスローな時間が流れているのである(これが平穏無事、無作為な平和ということか)。店も何の奇をてらうことなく、日常のお店のルーティンをこなしているのである。女将さんがTV取材に答えて曰く「内は何も、それと言って凄いものはないんです。普通なんです全てが」、そう、これで良いのである。最近もオジサンは、店に普通なものを求め出してきた。かっこつけた奇妙な創作料理などいらないのである。変な作為のある味付けなど要らないのである。旨味調味料の味付けで結構なのである(ただおふくろ味はダメである。プロの味でなければ)。料理人よ、訳の分からないミシュランの評価を求めるより、もっと自由度の高い料理を作ってくれよ、と心に呟きながら最後の〆を注文したのである。それが自家製ミートソーススパゲティー。20年ぐらいこの店に通っているのだが、私以外、注文している人を見た時がないという素晴らしき一品なのである。粉ミートを溶かしたような日本にしかない濃厚なミートソースが大量のひき肉と絡み合い、それが太いうどんのような麵にかかっている妙なる一品。イタリアンパスタなどという、水っぽいトマトソースを、さもありがたかって食べている人には分からないだろうなという、確かに何人かに食べさせたが、全てが首を傾げていた。いいのである、分からなくて、オジサンだけのものなのだから。でも、あまりにも人が注文しないので、メニューからなくなってしまうのではないかと、心配のあまり店内に入ると壁のメニュー眺めてしまうのは、このせいなのである。粉チーズとタバスコを大量にかけ、まぜまぜして、音を出して啜る(イタリアンではないので音出しOK)。小学生時代の家族で、ミートソースを作った時の記憶の断片蘇ってくる。途中ソースを掛け味変すると、またオツな味に変身。また、これが酒のツマミとしても合うのである。イタリア人やミシュランなどというフランス人には、決して分からない味、よいのである、日本人だけが分かれば、いや私だけが分かれば。

 久ぶりに、私だけの味を堪能して、幸福な気持ちになって店を出たのである。昔はこの後並びにあるカレー南蛮そばで有名「翁そば」でむじなそばを食べたものだが、もうそんな食欲はなくなった。あの頃の食欲はもう戻ってこないのだろうという一抹の寂しさを感じながら「翁そば」の横を通りすぎる。ちょうど中休みで「翁そば」は暖簾を下げていた。

(「水口食堂」商品値段は添付写真参照)

*茂吉―斎藤茂吉(さいとう もきち)、明治15〈1882〉年5月14日 – 昭和28〈1953〉年2月25日)歌人、精神科医。昭和の大歌人。文化勲受賞。著書に歌集『赤光』『あらたま』他、日本で一番ウナギを食べて人とも言われる。観音信仰を持っており、浅草寺には何度なくお参りし、詩人の田村隆一に、茂吉の Poesie の神さまは 浅草の観音さまと鰻の蒲焼/茂吉の歌は観音さまに行きさえすればよかったなどど揶揄される。長男は精神科医で随筆家の斎藤茂太、次男は精神科医・随筆家・小説家の北杜夫、孫は随筆家の斎藤由香。

食事処 酒肴 浅草 水口
ジャンル 食堂、居酒屋、日本料理

予約・お問い合わせ          
03-3844-2725
予約可

住所      
東京都台東区浅草2-4-9
交通手段             
つくばエクスプレス浅草駅から徒歩3分
浅草駅(つくばEXP)から125m

営業時間             
月・火・木・金・土・日
10:00 – 20:30
L.O. 20:00
定休日 水曜日

営業時間・定休日は変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください。