No.98 兵庫県神戸市兵庫区新開地の「グリル一平」本店のヘ(ヒ)レビーフカツは腹の底から旨いと言葉が出るほどの神々しさだった(神戸はいつも雨だった編①)

 東京から新神戸まで新幹線の車窓から見えるのは霧に覆われた街並みと山並みばかりである。山並みなどは長谷川等伯の絵を思い出させるような幽玄の世界が展開され、これはこれでオツなものであるが、三宮に着くころにはカラリと晴れてほしいものだと願いながら神戸ソウルフードの旅がスタートしたのであった。
 神戸に訪れるのも、すでに3回目。神戸へは旅の他に畏友K氏との再会が目的である。このK氏、オーストラリアと神戸に住居があり、関西にタンマリ不動産を所有。釣り三昧の悠々自適の生活しており、私は彼のことを哲学する釣りキチ不動産王と呼んでいる。しかし、同級生なのにこちらは会社を潰した借金男、神はどうしてこんな差のある人間を生み出すのか、と嫉妬をしてもしゃーないと開きなおっているが、それよりも少しでも彼の<元気>をもらったほうが得策だろうと、今夜の再会が楽しみなのである。

 10時に三宮に着いたが、天は相変わらず不機嫌であった。宿に着き15時のチェックインまで荷物を預けて、まずは隣の生田神社(神功皇后創建と伝えられ1,000年以上の歴史ある古社。生田の神を守る家、神戸<かんべ>が神戸という地名の語源になったという)に旅の安全と天候の回復を祈願、三宮周辺をプラプラして、本日の目的地、神戸高速線で新開地駅へと向かう。何故新開地なのか。かつての2回ほどの訪問が、K氏の住む新参者が多く住む海岸の開発地帯と六甲という、いかにもニュー神戸と観光者向けの場所だったので、この度は、旧住民が住む、飾りのない「裸の神戸」を知りたいという思いが新開地へ足を向けさせたのであった。この新開地、戦前は「東の浅草、西の新開地」と謳われるほどの神戸最大の繁華街、近くには「吉原」ならぬ「福原」遊郭があった場所としても名高いのである。1957年までは市役所もここにあったという(現在三宮)。K氏にその旨伝えると「え?」と一言、やはり六甲アイランドに住むハイソなK氏には、余り関わりのない場所なのだなということが、その一言で分かったのであった。そして新開地へ行く目的はもう一つ、浅草もそうだが、必ず古町には年季の入った食べ物屋が存在し、地域のソウルフードになっているものがあると推測したためである。

 駅を降りると、左手にアーケードのある長い商店街が湊川公園まで、右手にポートピア(競艇場外馬券場)や新開地劇場、映画館等がある通りになっていて、商店街のシンボルのチャップリンを模したBIGMANゲートがゴールになっている。確かに、この商店街、浅草六区に似てるような?…。まずは湊川公園まで商店街を彷徨う。平日の雨だからなのか、ここも地方の商店街同様、人が疎らで活気がない。ROUND1なる、かつての新開地のシンボル(聚楽館)を模した建物や寄席の喜楽館、松竹小路など渋い見所があり興味深いのだが、何せ、人の気配がない。立ち食いうどん屋が多くあるのは、ギャンブル街の名残なのかなと…。古本屋(上崎書房)を見つけたので入店。街の文化度を測るのには本屋に入るのが一番なのである。ここも老舗なのだろうが品揃えはなかなかのものだった。湊川公園まで行き、そう言えば、ここ湊川は楠木正成、正行親子の最後の地ではないかと、かつて夢中になって読んだ吉川英治の『太平記』の記憶の糸を手繰る。さすが神戸、歩けば歴史的事件の場にぶつかりそうで、3泊4日の旅に色を添えてくれそうである。公園も楠木正成像も雨に打たれているが、かえって趣があって良い。さて、腹も減ってきたのでランチをと向かった先は、洋食「グリル一平」。神戸では知らない人はいないと言われるほど有名な洋食屋である。三宮、西宮、元町東、にも店を構えているが、本店はここ新開地にある。因み三宮店は時分時には常に長蛇の列だそうだ。創業72(1952)年、ここのデミグラスソースが絶品で世に轟いているらしい。ならば神戸に来てここに寄らない手はないと商店街を引き返す。リオ神戸ビルの2F、緑色のタスキに白抜きのグリル一平文字が輝く。2階に上がり入口から店内を覗く。瀟洒で清潔感のある空間、これは見た目で期待できる。開店10分で客の入りは半分ほど。カウンター席4、真ん中に2人掛けテーブル4、窓側に2人掛けテーブル4、真ん中の2人掛けテーブルに通される。まずはメニューにざっと目を通す。おー調味料が良い感じで置いてある(こういう店は絶対間違いない)。名物のヘレ(ヒレ)ビーフカツに決めてあるのだが、目移りしてしまう。タイムランチ(オムレツ、ミンチカツーこれも人気)1,000円とミックスランチ(エビフライ2尾、ミンチカツ、チキンカツ)1,400円も魅力である。しかし、ここは、取材である、スタンダードのビーフカツにする。それにもう一品、カニクリームコロッケを注文して、我慢、我慢なのである。ビールを飲みながら待つこと8分ほど、品が到着。おー、キャベツの千切り、トマト、ポテサラ、マカロニが添えてあるビーフカツがデミグラスソースにたっぷり浸かっている。まず端っこのカツを口に入れる。旨い。余り旨いという表現を使用しないようにしているのだが、つい出てしまう。このソース絶品なのである。東京のデミはともすると尖った味が多いのだが、ここのソースは優しい。それでいて大変濃くがある。どうやったらこの味わい深さを出せるのだろうか(神の仕業か)。当然のごとく、ビーフカツもカニコクリームロッケも活きているのである。東京の煉瓦亭や津々井のデミが最高かなと思っていたが、それを越えているかもしれない。オムライスも名物らしいが、メニューの全てが間違いないのだろうと、デミの旨さに御見それいたしました頭を下げたのだった。1995年「阪神・淡路大震災」で被災して、廃業の危機に迫られたのだが、「グリル一平をなくしたくない」という常連客がプレハブの店舗を作ってくれて復活を遂げたという(神の仕業である)。何だかその常連客の気持ちが分かるのである。東京にあればオジサンもしょっちゅう通っているだろうと思わせる店である。大変幸福な気持ちになり店をでたが、雨が止む気配さえない。しかし、腹ならしとここには興味深い所がまだまだありそうなので、また亀歩きで神戸下町散策へとむかったのであった。(神戸はいつも雨だった編②につづく)

グリル一平 新開地本店(グリルイッペイ)

洋食、オムライス、コロッケ

予約・お問い合わせ      
078-575-2073
予約可

住所      
兵庫県神戸市兵庫区新開地2-5-5 リオ神戸 2F

交通手段             
神戸高速鉄道「新開地」駅(3番出口)から徒歩3分
神戸市営地下鉄山手線「湊川」駅から徒歩6分
新開地駅から168m

営業時間             
月・火・金・土・日
11:10 – 14:30
L.O. 14:30
17:00 – 19:30
L.O. 19:30

祝日
11:10 – 14:30
17:00 – 19:30

定休日
水・木