十郎の日本全国ソウルフードの旅

　オジサンにとって地縁というものはあるなと思わせるのが、神奈川県横浜市西区の横浜西口相鉄線入口前の一帯（西口五番街、パルナード通り）である。可笑しなのもで、東京漂流者を自認し、転々と居場所を変えたオジサンだが、この場所にはいつも何らかの関わりで引っ張られる場所なのである。そもそものこの土地への最初の縁は、高校3年の時に遡る。横須賀に住んでいたのだが、初めてのアルバイト体験をしたのがパルナード通りにあったマイアミ（現在、五番街のマイアミキッチン）という喫茶店、ここがまた、その当時、ハマのヤクザの溜まり場で、店長が警察官あがり、Vシネマに出てきそうなところだった。そして浪人の時は、近くの予備校だったので、よくこの辺を徘徊していたのだが、大学で東京に出ても横須賀の自宅に帰る時は、偶にこの場所に寄って帰ることが多かった。
　その後、東京漂流が始まるのだが、何故か仕事の打ち合わせで、ここに足を運ぶことが多かったのだが、30代の時父親が亡くなり横須賀の自宅を売り、母が東京に移ったので、神奈川県との縁は切れたかなと思いきや、ひょんなことから一週間に1度相鉄線の緑園都市に行かなければならない用ができ、この歳まで、金曜日はここに立ち寄ることが多くなったのである。ここまで来ると、この土地とは何らかの縁があるのだと思いたくなってもバチはあたらないだろう、世は不思議なものである。

　また枕が長くなってしまったが、本日紹介する「鈴一」、オジサンのこの土地への縁と、同じ長さのお店なのである。45年前ちょうどここでアルバイトを始めた頃、開店し、その頃、はじめて「鈴一」へ入ったのを鮮明に憶えているのである（凄くない）。それ以来何度このお世話になったころやら数知れず、オジサンの体の中（血管）に「鈴一」のそば、うどん（後そばで統一）と汁が染み渡っているのだろうと思うと（凄くない）、少し「鈴一」のことを語っておかなければ、いや語る資格があるという自信のもとに、原稿を書かせていただく（そんな大それたことではないが…）。この「鈴一」横浜西口相鉄線入口から徒歩０分という立ち食いそば店を営むには絶好のロケーションで、もっと空間が大きければ、モノ言わず「冨士そば」が営業するだろう場所。立ち食いそば屋を営むには日本一と言っても過言ではないかもしれない。そんな場所なので、ひっきりなしに客が入っていくのである。現在では、横浜四大立ち食いそば店（桜木町「川村屋」、東神奈川「日栄軒」、関内「相州そば」）にも名を連ねているのだが、売り上げでは四つの中ではトップなのではないかと思う。それではお味の方は如何というと、いい意味での普通である。それでも昔は悪い意味での普通だったのである。最初の20年間はもう、こんな立ち食いそばは食わないぞ、と思ったものである。場所が良いから続いているだけであって、東京でこの味ではすぐに潰れるだろうと貶していたのだが、この数年、これはこれで悪くないのではと、いやいいんじゃないのに変わってきたのである。その原因を考えてみたのだが、長い年月で明らかに汁（シマダヤが製造したタレを、店内でとった出汁で割っている）が旨くなったのである。麵はそば、うどん、きしめんともに、シマダヤの袋めん（隠さずそのまま袋に入れたまま－これも凄くない、正直といえば正直ですが－シマダヤとは業務提携しているという）なので、何物でもない。まー、立ち食いそばなどは、どんな麵でも構わないのだが、さすがにシマダヤの袋めんには驚いたのである。でも、オジサンにとっては、今やTHE立ち食いそばを象徴する店になったのは確かである。「鈴一」を運営する合資会社鈴一商事は、昭和25（1950）年の創業で2010（平成22）年まで伊勢佐木町のイセザキ・モールで甘栗専門店「鈴一総本店」を運営していたそうだが、2010（平成22）年に閉店し、立ち食いそばの「鈴一」のみとなったそうである。本日は18年通った緑園都市の仕事も終了したので、もうこちらには滅多にこないだろうと思い（まだ縁があるようだったら怖いよな）、じっくりと「鈴一」の味を記憶に残そうと来店。チケット販売機でイカ天そばと玉子のチケットを購入。。5人入れば一杯のカウンターと、カウンターの中の狭い空間に3人ほどが働いている（５坪ほど）。そんなに小さ空間で冬場は1,000食ほどが出るというから驚きである。一口、汁を啜り、そばを手繰る。安定の味で結構結構。プルーストの小説ではないが、脳に45年間の自分の記憶が甦ってくる。そして目頭が熱くなり、どんぶりの汁に涙が一粒落ちるのであった（そんなアホな、ないない）。末永く営業してくれ「鈴一」よ、またの再会をと心の中に呟き、駅に向ったのであった。