No.7 東京都伊豆諸島の「くさや」

 「臭いものにはフタをしろ」という諺があるが、その逆にフタをしないで、どんどん臭みを外に出すのがこの奇妙奇天烈な食べ物「くさや」である。
 現在の情報化時代でこそ、名前は知れ渡ってきたが、食べたことがある人は少ないのではないだろうか。特に関東以外の人やお酒を飲まない人などにはなじみが薄く、食したことはないというのが現状なのではないか。それでは何故、こんなにマイナーな食べ物が今でも根強い人気を勝ち得て存在しているのか、それは<旨味がある>からである、いやそれ以上に<深味もある>からである。ご存じの方は、この<臭さ>を言葉で表現するのに苦労するのではないか。ある人は「○○コの腐った匂い」(一体どういう匂いなんじゃい)「この世の腐ったものを全てミングルするとこの匂い」などとオーバーな表現する人がいるが、それがオーバーに感じないのが、この食べ物なのである。「銀杏(ぎんなん)の実の匂いを数倍高めたもの」というのが、一番近しい表現なのではないかと私などは感じるが、皆さんはいかがだろうか。
 この「くさや」は東京の伊豆諸島(新島、八丈島、伊豆大島、三宅島、小笠原諸島・父島)の特産物でムロアジ、トビウオ等を「くさや液」(魚醤に似たもの)という発酵液につけて日干しにした物で、液にはビタミン、アミノ酸等が多く含まれて、抗菌作用もあるという。その日干しの魚を焼いて、それをほぐして食べるのが「くさや」の食べ方である。元祖は新島らしく、新島産のものがやはり一番臭いが、それ故一番味があるらしい。
 私と「くさや」の出会いは、48年前家族で式根島に旅行した時であった。旅館側もお客さんが気の引けるのを気づかって、大っぴらには食事には出さなかったように感じるが、帰りに船の中で食べてくれという弁当に「くさや」のほぐしたものが入っており、その匂いが三等船室に充満し、周囲の人に顰蹙をかい、居たたまれない気持ちになったことがあった。だけど子供ながらに「旨かった」と記憶している。そんな体験からなのだが、今でも偶に東京の居酒屋で「くさや」があると注文するが、その当時と比べると、匂いもマイルドになったように感じるのだが、それは私の錯覚なのだろうか。
 この「くさや」臭さがネックになりマニヤックな珍味という位置にあるが(さすがに主婦などはマンションなど密閉空間で、これを焼くことを躊躇うだろう)、生産者の方に申し訳ないが、現在のようにこの食べ物は知る人ぞ知る、好きな人だけが食す、濃度の濃い愛に包まれた食べ物としての存在でいて欲しいと思っている。こういう食べ物こそが永遠にこの世に残るのである。因みに「くさや」の語源は、まんま臭い魚<「くさい+や(ヨ)」(ヨ)は魚>らしい、潔い食べ物である。