No.71 東京都中央区銀座の大衆蕎麦屋「そば所 よし田」で10年ぶりの蕎麦を楽しんだのである。

 年末は、少し贅沢をして銀座で食事をすることにしている。しかし、銀座と言っても、一人3万や5万の店に顔を出すほどの甲斐性がない私は、せいぜい1万が精一杯なのであるが、それでも銀座はやはり日本一、どこへ入っても間違いがない。
 本日は、朝から目黒不動尊へ。この寺が5月から始めた江戸三十三観音巡りの最終ゴール地点(三十三番札所)で、是非とも年末までに終わらせようと向かったのであった。こんな小さなことでも、やりとげると達成感で気持ちが満たされるもので、その満たされた気持ちのままお祝いを兼ねて銀座でランチとディナーをすることと相成った次第である。
 流行り病(コロナ)で銀座も人が減ったと言われたが、さすが年末の銀座、オシャレな買い物客で賑わっている。銀座の良いのは、渋谷や新宿の繁華街よりも、若いアンちゃんやネーちゃんが少ない所。この年齢になると、仕事では、まーしょうがないが、プライベートな私的な空間では、余り若いのと近づきたくないのである(向こうもウザくて臭いと思っているだろうから)。その点で銀座は、また落ち着きがあって良い街だと思う。
 さて、ランチはどこへと考えて末、どうせディナーは高くなるのだから、お値段がはらないところと決断したのが、銀座で一番有名な大衆蕎麦屋と言っても過言ではないだろう「そば所 よし田」。この店、私が30代の若き頃、蕎麦屋で酒を飲むという粋な行為を覚えた最初の場所だったように思う。それから以降、酒と肴とそばのセットの高級蕎麦屋巡りをしたものだが、その間感じたことは大衆蕎麦屋でゆっくり酒が飲めるという店が意外に少ないという発見だった。余り蕎麦屋に行かない人には何を言っているの分からないだろうが、東京の蕎麦屋は高級蕎麦屋、大衆蕎麦屋、立ち食い蕎麦屋と三つのジャンルに分かれているのである。立ち食い蕎麦屋はご存じだと思うが、高級と大衆の違いは何かと言えば、高級は品質の良い蕎麦粉を手打ちで提供している店で、うどんやご飯ものなどは一切置かない、蕎麦一点張りの店。大衆とは蕎麦は二八のうどん粉繋ぎが多く、うどんやご飯ものなどメニューの豊富な店と定義すれば分かりやすいのではないかと思う。現在、この大衆蕎麦屋が激減しているのが現状で寂しい限りなのである。
 この「よし田」は創業、明治18(1885)年。「コロッケそば」を初めて世に出したことで知られるお蕎麦屋さん。東京でも蕎麦屋の古い暖簾のひとつで、浜町で始まって、暖簾分けして銀座に、現在、静岡県島田市の自家製粉所で作ったそば粉を店で製麺しており、つゆの返しは江戸前で、出汁は昆布、鰹節など数種類を使用している。
 開店15分前に店の前に、先客が5名ほど並んでいる。以前はビル1Fの瀟洒な木造風の店で、2016年にこちらに移転したのだが、私は移転して初めての訪問である。かつて恩師と銀座で飲むことになって「よし田」へ向かうと、店がなくなっているのにショックを受けたことがあったが、その後移転して再開と聞き、行かなければと思っていたのである。現在はビルの2Fで、以前の風情は跡形もなくなっているが、中身は変わってないと噂で聞いていたので楽しみな訪問なのである。開店し慌ただしく入店。右手厨房の通りを行くと、10テーブルぐらいあるだろうか、広い空間に、奥が小上がりで座敷の上にテーブルが4つ。昔よりは随分小体になったが、存在していることが結構なことなのである。窓側のテーブル席に通され、メニューを渡される。壁にツマミなどのメニューが貼られているが、じっとメニューを覗く。まずは、瓶ビール(780円)を注文し、一品料理を目で流し、名物玉子焼き(880円)と御新香(737円)を注文。銀座の路地を眺めながらビールで喉を潤す。玉子焼きと御新香が到着。玉子焼きは甘くなく品が良い、酒の摘まみにはバッチリである。御新香は奈良漬、べったら漬け、ナス、キュウリの置き漬けにかぶら漬物とバリエーションに富んでいる。ここで日本酒をと思ったが、血糖値が上がると思い、焼酎の蕎麦湯割を頂くことに。昼酒が程よく身体に染み渡り、周りを見ると、満席状態でそれぞれが年末のひと時を楽しんでいる。私の向かいの席では、40代の中年たちが鍋を囲みながら会話が弾んでいる。一人その中の80代の老人(恩師?)がそれを聞きながら微笑みを浮かべている。八代目文楽ではないが、よい絵づらなのである。
 私は、ほどよく酔いながら〆の蕎麦の選択を始める。コロッケ蕎麦を紹介したいところだが、さすがに重いので、天もりの二枚盛(1640円)。連れは、こちらも名物牡蠣蕎麦(1650円)をオーダーする。天もりは、あったかい汁にかき揚げがのり、それに蕎麦をつけて食べる「室四砂場」方式だが、量は「室四」の3倍はある(笑)。しかし、蕎麦も汁も「室四」には勝てないが、それはそれでいいのである。量と値段が違うのだから…。牡蠣蕎麦は、名物だけあって、新鮮で大きな牡蠣が乗り結構な一品。蕎麦はそれなりで、汁は品が良くあっさりしている。大衆蕎麦屋としては、ハイレベルなのは確かである。普通の町中の大衆蕎麦屋に比較すると高くはあるが、ここは銀座である。そう思えば高くはないのである。やはり、たまには、こういった蕎麦屋で、一杯飲んで〆に蕎麦を啜り、じっーと自分の人生を振り返るのも良いし、また、たまには昔の友たちと牡蠣鍋などを囲み、若き血潮の時代を懐かしむのもオツなものである。銀座にこのような店がなくなってしまったら、銀座の価値も一段下がってしまうだろう。海外ブランドだけの街になりつつある銀座など最後は誰も見向きもしなくなるということを肝に銘じて欲しいものである。因みに、私は、ここと神田「まつや」、人形町「松竹庵」を東京三大大衆蕎麦屋と命名したいのだが、読者はどう思われるだろうか。その後、店を出てゲイシャコーヒーを飲みに「カフェーパウリスタ」に向かったのであった。これぞ銀座銀座銀座♪なのである。

※江戸三十三観音霊場は、寛永18年(1641)から元禄11年(1703)の間に開創された江戸三十三所霊場を基に、昭和51年制定された東京都内にある33箇所の観音札所のことである。現在ではもっぱら1976年(昭和51年)に改訂された「昭和新撰江戸三十三観音札所」のことを指す。前身は江戸時代からあるとされるが札所寺院は廃仏毀釈などで半数以上が入れ替わっている。

そば所 よし田
ジャンル そば
予約可否:予約可
住所:東京都中央区銀座6-4-12 KNビル 2F
交通手段:銀座駅から287m
営業時間
月~金  11:30~15:00 17:00~22:00
土・祝 11:30~15:00 17:00~21:00
定休日:日曜日